2021.11.18 [インタビュー]
第34回TIFF 東京グランプリ受賞作品:TIFF公式インタビュー「女性は歳を重ねるほど、興味深い存在になっていく。ですので、そういう主人公も重要です。」カルトリナ・クラスニチ監督:コンペティション部門『ヴェラは海の夢を見る』

東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月7日
ヴェラは海の夢を見る
カルトリナ・クラスニチ(監督/編集)
公式インタビュー

©2021 TIFF

 
手話通訳者のヴェラは、舞台女優の娘とともに充実した日々を送っていたが、病に罹った判事の夫が、突然自殺する。しかも、夫にはギャンブルの借金があり、親族から返済を迫られる。さらにヴェラに脅迫まがいの仕打ちがはじまり、彼女は独力で事態の打開を図ることになる。コソボを拠点とするカルトリナ・クラスニチがあまり描かれてこなかった初老の女性に焦点を当て、男性優位社会における女性の戦いを力強く描き出す。東京グランプリ受賞作!
 
――どんなことがきっかけで、この作品を発想されたのですか。
 
カルトリナ・クラスニチ監督(以下、クラスニチ監督):2014年に友達のドルンティーナ・バシャが、最初の脚本を持ってやってきました。まず、タイトルに惹かれました。「ヴェラ」とはアルバニア語で「夏」という意味です。だから「夏が海のことを夢見る」という意味になります。
 
――素敵なタイトルですね。
 
クラスニチ監督:私たちは海と聞くと、夏のことを思い浮かべます。このタイトルを聞いた時に、海が恋しいという気持ちが伝わってきました。その日のうちにこの脚本を読んで、彼女に映画にしたいと伝えました。惹かれたのは主人公ヴェラの年齢です。若くない年齢の主人公の映画を、私はあまり観たことがありません。初老の女性が映画、本、芝居などで、主人公として描かれるのは稀なことです。もちろんこれはコソボを舞台にしたストーリーですが、普遍的な側面を持っていると感じました。
 
――どういう部分を普遍的だとお感じになったのですか。
 
クラスニチ監督:ストーリーそのものが、色々な立場の阻害された女性に対する試練を描いています。さらに、彼女が手話通訳者であることにも意味を感じました。言葉を発することができない人の代表となって、謙虚にコミュニティーに入る点でも惹かれました。これはとても重要です。
 
――ある世代が、作品上で語られなかった理由というのは何だと思われますか?
 
クラスニチ監督:年齢に対する偏見でしょうかね(笑)。映画は古臭い側面を持っています。例えばそうした人を主人公にすると、観ている方がなんとなく心地が悪くなるのではないでしょうか。60歳代の女性というのは世界的に、見えない存在になってしまっている。でも女性というのは歳を重ねれば重ねるほど興味深いのですよ。華やかなところにいないから、人生に面白味がある。彼女たちのストーリーはもっと重要だと思います。
 
――語られなかった世代の女性というのは、コソボの歴史にも影響していますか?
 
クラスニチ監督:コソボ独特のことではなくて、世界的な傾向だと思います。映画の舞台がコソボなのは私がコソボの人間だからです。もちろん映画には、文化的な特有性があるかもしれませんが、男性の主要な社会はコソボだけではないと思いますので。
 
――描かれている彼女が知らない夫の世界がすごく腐敗しているという風に受け取れたので、社会体制批判が反映されているという風に思ったわけです。
 
クラスニチ監督:もちろん、インターネットによって世界中の人が情報を得ることができます。それぞれの地域に文化の特異性はありますが、経済的な不公平、一部の人がとても疎外された状況はそこかしこにあります。ある国特有のことではないと感じます。
 
――映画の中に芝居が入ってきますけれども、映画のために作られたものですか?
 
クラスニチ監督:映画用に作られたものです。劇の演出家と密に協力して作り上げました。私は演劇の演出をしたことがありませんので、実際の演出家にやっていただきました。
 
――即座にシナリオを読まれて映画化を決意された、心惹かれた部分は何でしょうか?
 
クラスニチ監督:ストーリーが私の母の人生に似ていたからです。1980年代、母が30歳代のとき、父と離婚すると決めました。そして4年間、法廷で土地の権利で戦ったわけですが、最終的に負けてしまいました。母にとって、とてもショックな出来事でした。当時はユーゴスラビアでしたが、1945年に土地に対する平等な権利を認められていたはずでしたが、母はこれほど父長性というか男性主義の判決になるとは思っていなかったのです。訴訟を継続できなかったのは、経済的な理由です。
法廷でお金を使うのではなく、私と妹の教育のためにそのお金を使おうと、母は決断しました。コソボはその後約10年にわたって政治的な圧迫を受けました。ただ、母と比べたら、私も妹も勝利者だと思っています。自分で自分の生活を切り拓いてきたからです。母という疎外された存在を間近に見る経験ができたことが影響しています。この私的な側面は政治的な側面を持っています。
 
――この作品を直ちに映画化したいという気持ちもよくわかりました。キャスティングについて伺います。
 
クラスニチ監督:主役のキャスティングは時間がかかりました。まずは1950年代に生まれた俳優を探さなければいけなかった。そもそもこの年代で俳優さんをしてらっしゃる方というのが人数的に少ないというのがあります。アルバニアからコソボ、マケドニアまで、1年間かけて探しました。スコピエで、国立劇場で舞台女優をしていたテウタ・アイディニ・イェゲニに会いました。映画経験がないことが懸念材料でしたが杞憂でした。6か月間、特別な教育を受けて手話を学び、手話通訳者としての演技は素晴らしいものでした。
 
――監督が映画という手段を選ばれるきっかけは何だったのですか。
 
クラスニチ監督:1992年頃、コソボは隔離され、街に出ることすらも危険でした。警察そのものが暴力を振るうこともありました。ある日母が大きな箱を持って帰ってきました。中に入っていたのがVHSプレイヤーでした。私の家は豊かではなかったので驚きました。私と妹は長い時間、アパートの中で映画を観ることができました。戦争が終わり私も高等学校を卒業したとき、母に小休止をしてもいいかと尋ねました。母親が頷いたので、1年間、本当に映画を撮りたいかを自問し映画の大学に行きました。
 
――最も影響を受けた映画監督というのはいらっしゃいますか?
 
クラスニチ監督:ひとりではなくてたくさんいます。もっとも影響を受けたのは小津安二郎でした。小津監督の映画制作に対する愛情というものを、まさに私が受け継ぎたいと考えております。来年に『ブリーチ』という私の2作目を作ろうと思っています。
 

インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)

 
 
第34回東京国際映画祭 コンペティション部門
ヴェラは海の夢を見る
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