東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月8日
イザベル・ユペール 第34回東京国際映画祭 コンペティション 審査委員長
東京グランプリを受賞した『ヴェラは海の夢を見る』は、コソボを拠点として活躍する女性監督カルトリナ・クラスニチの長編第一作。自殺した夫の親族から家の権利を譲渡迫る親族と、中年の未亡人の闘いが力強く描かれる。審査員長特別賞の『市民』も同じく、女性監督テオドラ・アナ・ミハイの渾身作。娘を誘拐した犯罪組織との闘いは壮絶だ。そして、最優秀女優賞を演技初経験のフリア・チャベスか受賞した『もうひとりのトム』も、ロドリゴ・プラとパートナーのラウラ・サントゥージョーンズが共同監督。奇しくも、女性の活躍が目立った結果や選考のプロセスについて、コンペティション部門の審査委員長イザベル・ユペールに伺った。
――審査が終了した今のお気持ちは?
イザベル・ユペール(以下:ユペール):期待以上の作品との出会いでした。どの作品も、芸術性の面においても力強いセレクションであり、映画祭が目指すものをちゃんと体現できるような顔ぶれが揃っていたと思います。
審査委員長としては、受賞作品を選んでいく責任がありますが、この結果についてはそれぞれの審査委員の好みも反映できたと思います。正直、他の作品を落とすという、心苦しい選択をしなければいけなかったのですが、だからといって選外の作品が劣っているわけではありません。
――女性監督作の受賞が3作ありますが?
ユペール:私たち審査員は、国がどうとか、性別がどうとか、アジア映画だからとか、そういうことは一切関係なしにクオリティだけで選びました。作品を見て、細かく深く掘り下げ、社会的な影響も考え、とにかくあらゆる要素を話し合って選んだのです。その結果、顕著なことはすごく女性の存在感があったということで、蓋を開いてみたらこういう結果になったのです。
いま思うと、『ヴェラは海の夢を視る』も『市民』も『もうひとりのトム』も、母親を描いている作品ですね。さらに彼女たちは、3人とも誰かに依存したり頼ったりすることなく自立して、自分自身で道を切り開いていく。そういう力強さに魅かれました。結局、女性監督の台頭や闘う女性が主人公になっているというのは、いまの世の中の動きをそのまま反映しているのではないでしょうか。そういった意味からも、とても満足のいく結果だと思っています。
――15作のなかで、女優イザベル・ユペールとしてとくに刺激されて、一緒に仕事がしたいと思った監督や俳優はいましたか?
ユペール:私はキャリアのはじめから、女優というのは常に旅をする仕事だと思っていますので、これまでもいろいろな国の作品に出演してきました。その考えから言えば、今回も作品を拝見しながら、たくさんの知らない国に旅をさせていただきました。たとえば、ダルジャン・オミルバエフ監督の『ある詩人』のカザフスタンとか、機会があればその見知らぬ国に行ってみたいとも思いました。
私自身、これからも世界で進化したいと思っています。もちろん、私が「行きたい」と言ったところで、すぐに撮影に参加できるかと言えば、簡単ではありません。私のようなフランス人が登場できるような作品であれば、ぜひご一緒したいと思うような監督はたくさんいました。良い例で言うと、韓国のホン・サンス監督の『3人のアンヌ』(12年)では、まさに私のような人が異世界に行って異文化を体験する設定でしたので、違和感なく出演することができました。もちろん、そういうふうに違和感のない物語であれば、日本であろうが他の国であろうが、ぜひ参加したいです。
――コンペティション部門に『復讐』で参加した、フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督の『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』(12年)にも出演されていますね。
ユペール:先程の記者会見で、今回の映画祭はアジアのプレゼンスの比重が大きいという意見も出ましたが、過去の長い間、映画のいちばん力強い最先端のものはアメリカというスタンが続きました。しかし、ここ20年から30年くらいは「すごいものがアジアにあるぞ」という感じです。アジアはけっこう面白いし、良い作品が生まれていると言われてきて、今回もフィリピンとか日本とかチベットとか。アジアといっても多様な国からのクオリティの高い参加作品があり、アジアが力強く成長していると感じられましたし、その現象が反映されていたのだと思います。
たとえば、その象徴的な例ですが。私も過去数年の間にアジアの3人の監督の作品に出ています。カンボジアのリティ・パン監督の『太平洋の防波堤 Un barrage contre le Pacifique 』(08年)、先程のお話に出たホン・サンス監督の『3人のアンヌ』(12年)、そして同じ年のメンドーサ監督の『囚われ人〜』です。その頃、まさにアジア映画はすごく面白いと注目をされていた時で、私も立て続けに出演する機会を得たのです。
――今回、審査委員をご一緒した青山真治監督とのコラボの可能性は?
ユペール:今のところ、一緒にやろうという話はしていません。私は明日(11月9日)の朝に日本を発つのですが、今夜、またお会いするので、その時にそういうお話が出るかもしれませんね。
――今回はオンライン開催ということで、日本の映画ファンに直接触れることができませんでしたが、その辺りはどうでしょう?
ユペール:もちろん、ファンとの触れ合いの場がなかったことはとても残念でしたが、この映画祭に招かれて日本に来られたこと自体が嬉しかったです。そして『ドライブ・マイ・カー』(21年)の濱口竜介監督との対談も、本当に素晴らしい監督さんで、とても楽しみました。実際に会場にいらした方はさほど多くはなかったようですが、オンラインで視聴してくださった方がたくさんいると伺いました。
監督がおっしゃっていたように、私自身が、瓶が半分空だというよりも、半分も入っていると考えるポジティブ思考の人間です。ですから、このコロナ禍の厳しい環境の中でも映画祭が開催されこと自体、本当に素晴らしいことであり、それに参加できたことを心から感謝しています。そして今回できたことは感謝しても、できなかったことに関して残念だったとは思わないようにしています。今度は、私が出演している映画を携えて参加し、その場でファンのみなさんとの交流会が実現できることを楽しみにしています。