東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月6日
『アリサカ』
ミカイル・レッド(監督)
政界スキャンダルを証言する副市長を護送中の警察車両が襲撃を受ける。ただひとり生きのびた女性警官マリアーノは襲撃者を見て驚愕する。正体を知られた襲撃者は彼女を抹殺すべく、バターンの密林に追いこんでいく。フィリピン映画の若き鬼才、ミカイル・レッドが、バターン地区の先住民に対する思いを込めてリアルに紡ぎだすハードボイルドなアクション。主役を演じたマハ・サルバドールは、フィリピンで高い人気を誇る俳優・歌手だ。
――この映画の発想としてはどこから生まれたのですか?
ミカイル・レッド監督(以下、レッド監督):この映画のアイデアの種となったのは、ニュース報道からです。バターン地区の先住民が第二次世界大戦の遺品を回収し、修理しているというニュースも読み、報復劇にしようと思ったわけです。
――報復劇にする発想自体は、もともと考えてらっしゃったのですか?
レッド監督:報復の要素を入れたのは、バターンの先住民は歴史的につらい体験をしてきたからです。第二次世界大戦では日本軍が押し寄せてひどい仕打ちを行ない、現代でもフィリピンの腐敗した警察や軍隊からも迫害されている。報復という要素を入れると面白いと思いました。報復にはカタルシスがあります。これまで常に政府と戦う、腐敗に苦しめられる一般の人たちを描いてきましたが、報復という題材に関しては、初めて取り上げました。
――権力の腐敗はこれまでも描いてこられましたね。
レッド監督:「red tagging」という言葉があります。redは共産主義の赤で、tagというのはラベル付けという意味です。特定のグループや人物を共産主義者と決めつけて、不法に逮捕や幽閉することがよく行われていました。反政府組織NPAも不法に拘束されることがあります。今回の映画はそのことに意見を言いたかったし、フラストレーションを発散するような報復で映画を終わらせたかった。庶民の不満はパンデミックになってさらに深まりました。政府がパンデミックを理由に市民をコントロールするようになったからです。
――女性を主人公にしたのも、男性社会の中の女性という意味合いで差別を受ける側として設定したということですか?
レッド監督:私はよく女性を主人公にします。男性中心社会の女性がフィリピンでは数多く存在します。私は、女性ならではのもの、女性ならではのエネルギーを常に感じます。前作『バードショット』(TIFF2016出品)の主人公の成長した姿がこの作品のヒロイン、マリアーノになったと考えました。世の中をどうにか良くしたいと思って、警察に入ったけれども甘くはなかった。逃亡中に彼女はいろいろな試練に遭います。その過程で先住民族の少女と出会って、変わっていきます。ただ最終的に変わったのは先住民族の少女で、イノセンス(無垢さ)が永久的に失われてしまったのです。
――バターンの先住民族の人たちは差別されてきたのですか。フィリピン社会の中でどういう立場にあるのでしょうか。
レッド監督:彼らが最も対立している相手は軍隊です。彼らが住んでいる土地の境界線をめぐって、軍隊と対立しています。彼らは誇り高い人々です。私たちが撮影のためにインタビューしたとき初めに言ったのが自分たちはノマドではないということでした。私が先住民の方々に「もしこの映画が世界中で公開されたら、あなたは世界に何を伝えたいですか」と聞きました。彼らが教えてくれたことをセリフにし、映画の中で使用させていただきました。私が印象に残っている彼らの言葉に「我々は水のようだ」というのがあります。水が流れてせき止められることもあるけれど、その部分を避けて流れ続け、自然の中で生存するという意味です。彼らは迫害を受けてきたけれども、脈々と水のように自分たちも流れ続けています。
――このストーリー自体が先住民族のたどってきた歴史的な体験を象徴していますね。
レッド監督:新聞記事が発端だった映画のアイデアが、バターンという場所に行き、先住民族に会い、共に時を過ごすなかで変わっていきました。彼らはプロの俳優ではないので演技のワークショップをしました。そうすると本当に互いを分かりあえたのです。同時に今回は、コロナ禍の撮影でした。通常の撮影は休みがあります。でもコロナ禍では全部いっぺんに撮らなければなりませんでした。同じホテルに泊まり、撮影を始めたら最後まで続けなければいけない状況がありました。必然的に彼らと長く話す機会があり、心が通じ合ってジョークを言い合う仲になりました。特にヒロイン役のマハ・サルバドールさんは先住民と仲良くなりました。
――コロナ禍と台風で苦労したと伺いました。具体的に教えてください。
レッド監督:雨のシーンが多いのは台風の影響もあります。この映画は私の作品の中で最もCGIを使っています。天候が不順で、一定の状態が保てなかったからです。雨を降らしたり雨を消したり、車の窓の光の当て方など、CGIで処理しました。
――コロナ禍で、普段と違って苦労されたことはなんですか。
レッド監督:大変だったのは、撮影時間が短かったということです。一日の撮影が12時間までという強い指示がありました。幸いこの作品は私にとって7作目でした。これまでの経験があったからこそ収まったのだと思います。
――最後にヒロインを演じた女性はオーディションで選ばれたのですか。
レッド監督:彼女はすでにフィリピンではとても有名な女優です。歌も歌うスーパースターです。彼女はこの作品にのめりこんでやってくれました。過酷な撮影も本当に楽しんでやってくれました。
――新作のご予定をお聞かせください。
レッド監督:パンデミック前から撮影していたテレビシリーズがあります。HBOアジア制作の″Halfworlds(原題)″です。ミニシリーズ三部作になっていて、ポストプロダクションに入っています。そのほかに企画している作品は、今回の『アリサカ』と同じ制作会社で作っている″Final Rites(原題)″という作品です。自分の家が侵略されてしまうというスリラーです。家の中の話なのでパンデミックでも撮影できます(笑)。
第34回東京国際映画祭 コンペティション部門
『アリサカ』
監督:ミカイル・レッド