東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月7日
『もろい絆』
リテーシュ・シャルマー(監督/脚本/ダイアログ)
インド最大のヒンドゥー教の聖地で、釈迦がはじめて説法を行ったとされる仏教四代聖地のひとつが近く、おまけにイスラム教に関しても複雑な歴史背景を持つ古都・ヴァラナシ。『もろい絆』で長編監督デビューを飾ったリテーシュ・シャルマー監督は、出身地でもあるこの地を舞台にした切ない人間ドラマを描いた。サリー職人のムスリム男性、ストリートダンサーのヒンドゥー女性それぞれ別々の物語が進行し、ある事件をきっかけに驚きの収束を迎える群像劇だ。
――ヴァラナシは監督の故郷ですね。現在の状況はいかがですか?
リテーシュ・シャルマー監督(以下、シャルマー監督):昔からある観光客がたくさん訪れる古い美しい都市ですが、COVIDパンデミックの関係でこの2年は普段とは違ってきましたね。本作では、今も昔も、そして現在もヴァラナシで起きている差別や衝突を描きました。
――この脚本の構想はどういうところから得られましたか?
シャルマー監督:本作は2015年くらいから脚本を書き始め、実際に起きた事件を散りばめて編み上げています。それはヴァラナシのみならず、インドのどこかで起きたことをもとに、全く同じとは言わないまでもアイデアとしては使っています。また、もう一つアイデアとしてあったのがジャーナリズムです。ジャーナリズムは今と昔では全く変わっています。今はなんでもかんでもドラマ性を求めてしまう。この問題についても描きたかったので、後半でメディアによる扇動を描きました。
――ジャーナリズムの変容はどの国でも問題になっていますが、監督はどういうときにその問題を感じ取られましたか?
シャルマー監督:私がこれまでドキュメンタリーを作ってきた5~6年で感じてきたことですね。インドはヒンドゥー教もイスラム教も仏教も共存していますが、メディアはヒンドゥー教を一番に取り上げます。おまけに今はフェイクニュースも出回っていますよね。私はそれを「WhatsAppジャーナリズム」と呼んでいますが、チャットアプリのWhatsAppで何か目立つトピックが世に出たら、それが真偽不明でもどんどん広がっていくようなジャーナリズムに今なってしまってるんですよ。すると、生まれるのは憎悪です。それがジャーナリズムから生まれているのは大問題です。マスコミュニケーションと映画を学んできた者としては、すごくその状況に心を痛めています。
――後半は宗教的対立にフォーカスされているように見えましたが、ヒンドゥー教徒とムスリムの対立というのは実際にはどうなのですか?
シャルマー監督:劇中の暴動はフィクションですが、暴動自体はインドの各地で起きています。最近でもデリーの方で起きたばかりです。私は幼いころ、イスラム教徒が暮らしていた地区の近くに住んでいて、そこの人たちとすごく仲良くしていたんですよ。でも、食事に誘ってもらっても、父親には止められたんですね。それくらい当たり前に両者の間に溝があるんです。1947年のインド・パキスタン戦争で、ムスリムはパキスタンとインドで分かれました。そこでインドを選んだ人は、インド人として生きるためにがんばっているのに、なぜ彼らを阻害するのか、理解できなかったんですよね。
その爪痕は今でも強く残っていて「インドはヒンドゥー教徒の国だ」と言っている政治家たちは、自ら分断を生み出しています。これは、どこの国でも言えること。しかも、それは人為的に作り出されたものだと思っています。本作の主軸はラブストーリーですが、根底にあるのは現実の世界の闇です。それを表現するために、映画の中で使った街中での演説やヘイトスピーチは、実際に街に流れているもので、本物の音声を使っています。
――旅行者のアダーがイスラエル人というのは、物語の良いスパイスになっていると感じました。
シャルマー監督:第1稿から彼女は旅行者の外国人、ということで登場していました。第2稿、第3稿あたりから、全員の名前がフィックスしてきて、彼女がユダヤ教徒ということも確定しました。有名な詩で「ヴァラナシを知りたいならば、売春婦と牛とガート(火葬場)とサニヤシン(sannyasin:托鉢僧)のことを理解しなければいけない」という詩がありますが、この詩は俯瞰してヴァラナシを観ることができる、外から来た人へ向けて書かれたものですよね。それを思い浮かべ、物語全体を見渡せる役割で彼女をあえて入れることにしました。さらには、ムスリムの主人公シャーダーブが彼女=イスラエルから来たユダヤ人と出会うことによってより視野が広がり、変化が起きていくというプロットも加えてます。
――長編第1作にして、映画にするには難しい設定とテーマを選ばれましたね。
シャルマー監督:自分が選ぶのではなく、脚本が自分を選んでくれるというふうに思っています。恋をしているときはラブストーリーを書くし、自分の周りにあることが脚本に全て反映されていくと思います。2015年に書き始めたときは、本作と同じ登場人物でも全く違うものだったんです。舞台は1940年代で、ラブストーリー。でも、3稿目、4稿目、5稿目になるうちに、自分が今経験していることを描きたいというふうに思って変わっていきました。さらに、役者自身が感じていることも脚本に反映していったのでどんどん進化し、リアリズムを追求することができたと思います。周りの人々には、なぜこんな小難しいテーマにするのか、上映禁止になる、と心配されたのですが、それでも自分自身を貫くしかないですから。
第34回東京国際映画祭 アジアの未来部門
『もろい絆』
監督:リテーシュ・シャルマー