2021.11.09 [インタビュー]
TIFF公式インタビュー「今後も、人間の生命と密接な関係があるテーマを描きたいと思っています。」ジグメ・ティンレー監督:コンペティション部門『一人と四人』

東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月6日
一人と四人
ジグメ・ティンレー(監督/脚本)
公式インタビュー

©2021 TIFF

 
鹿の角を狙う密猟が横行する雪山の山小屋で、管理人を務めるチベット人のサンジェは、事故にあった自動車を発見。そこには、ひとりの遺体と警察官を名乗る男が。サンジェは彼らが密猟者ではないかと疑う。そんな時、前日にサンジェの妻からの離婚届を配達に来た同郷の男が再訪し、警察官は彼こそが密猟を手引する協力者だと主張する。雪に閉ざされた山小屋に集まった男たちの心理戦を描く密室劇の本作。チベット映画の巨匠、ペマ・ツェテンの息子ジグメ・ティンレー監督は、本作で長編劇映画デビューを飾った。
 
――長編デビューおめでとうございます。とてもデビュー作とは思えない出来栄えでした。いつごろから映画界を目指されたのですか?
 
ジグメ・ティンレー監督(以下、ジグメ監督):ありがとうございます。父が映画監督なので、小さい時からずっと映画に接してきましたが、やってみたいなと思うようになったのは、13歳か14歳の時。イングマール・ベルイマン監督の『秋のソナタ』を観たのがきっかけです。ピアニストの母親が娘に対してピアノのレッスンでプレッシャーをかけていて、娘はピアノの技術を上達して母親の気を引こうとしている。そういう親子関係の映画を観て、私と父の関係とすごくよく似ていると思ったんです。そこが全ての始まりでした。
その後、エミール・クストリッツァ監督とかクエンティン・タランティーノ監督、韓国のホン・サンス監督、キム・ギドク監督など、彼らの映画をたくさん観たことによって、人物描写にすごく大きな衝撃を受け、本格的に映画の仕事をしようと思うようになりました。
 
――タランティーノと言われてパッと思い浮かんだのは、今回の『一人と四人』は『レザボア・ドッグス』のプロットに似てますよね。
 
ジグメ監督:タランティーノ監督は大好きですね。もし彼にこの作品を観てもらう機会があれば、もう嬉しくてしょうがないです(笑)。当初考えていたのは、生命と関わりのあるテーマの物語で、ポン・ジュノ監督やタランティーノ監督とどこか似たような作品を撮りたかったんですよね。
実はこの物語には原作小説があるんですよ。原作の描き方が黒澤明監督の『羅生門』の構造によく似ていたんです。ただ、私としては本作を制作するにあたって、羅生門エフェクトではなく、キャラクターをよりリッチに描こうと考えました。例えば、管理人が離婚を迫られていて、大の男なのに非常に弱々しい一面を持っている、というところを強調しています。
 
――長編劇映画デビューで、原作ものを取り扱うというのは難しかったのでは?
 
ジグメ監督 :それが、あんまり大きな困難はなかったんです。この小説に出会ったのは、私が大学を卒業する直前の頃。どういった映画を撮るべきか、色々考えていた時期です。それでこの小説を読んだら「ぴったりだ」と。物語の展開がシュルレアリスティックで超現実的であるとともに、人物の置かれている環境に非常に奥行きを感じました。とりわけ、管理人の心理描写が非常にきめ細かく、信頼や猜疑心についての描写がとても素晴らしかったんですね。たまたま、この著者が友達の友達だったので、「ああ、いいじゃないですか。じゃあ話しましょう」となって、2、3回話し合ったらすぐ「翻案だったらOKですよ」と。
 
――では、撮影現場はいかがでしたか?
 
ジグメ監督:撮影の過程で多くを学びました。最初のうち、ディテールにこだわりすぎて、役者の一挙手一投足まで全部をコントロールしようとしました。ですが、コロナの影響で一年延期することになり、撮影再開した時に気付かされたんです。やりすぎだ、と。
例えば、ワンカット撮ったら私はそのワンカットをなんと十何回も繰り返していたんですが、役者さんにとっては負担になっていたんですよね。役者との雑談のときに、「監督のやり方は悪いわけじゃないけれど、同じ芝居を何度撮り直しても、カメラの前で私たちのやることは大体決まっているから、あまりにやりすぎると、正直気分を害すようなことになってしまう」と指摘されたんです。それでハッとして、私が変にこだわってても映画にとってはそんなに影響がなく、むしろ役者さんのコンディションのほうがとても大切だと気づいたんです。そこで、私はやり方を変えました。とにかく役者さんと絶えずコミュニケーションを図り、多くても5テイクとか6テイクくらいで収めるようにしたんです。
 
――むしろコロナパンデミックがなければ、気づくことも直すことも出来ないところでしたね。
 
ジグメ監督:確かにそうです。総じてパンデミックによる影響は最悪ではありましたが、ある意味では時間を与えてくれて、プラスになった側面もありますね。
公式インタビュー
 
――主役のジンパさんはお父さんの作品の常連ですね。ファーストチョイスだったんですか?
 
ジグメ監督:彼は第一希望ではなかったんですよ。管理人は見た目はすごく強そうな男ですが、軟弱で優柔不断な一面も持っています。でも、ジンパさんはとってもたくましい印象なので、もし彼に出てもらうなら、密猟者もしくは警察官が合うんじゃないかなと思っていたんですよ。でも、もしかしたら彼にやってもらったら面白いかも、と思うようになり、彼に脚本を見せたら即やりたいと返事をいただいたんです。
 
――他の役はどのように決めました?
 
ジグメ監督:クンボ役のクンデは私の友人で、脚本の段階からイメージにぴったりだと思って採用しました。他の役者については、友人や知人を通してキャスティングをしました。例えば、劇中最後に山小屋に入ってきた男は実はプロの役者ではなく、現場監督のひとりでした。いつも一緒に仕事をしていましたし、彼にぴったりだなと思い、お願いしました。
一番難しかったのは、最初に山小屋に入ってきた男。いろいろな人に会ったんですがイメージに合わなくて、クランクインを目前に控えたときに友人からの推薦であがってきたプロの役者です。彼はクランクインの前に、自分なりに役を分析し、詳細に文章を書いてくれました。それを読んで「これはすごい」と。とても印象深かったですね。
 
――長編一作目でこれだけの規模の作品を作られましたが、次回作も劇映画ですか?
 
ジグメ監督:次は長編のドキュメンタリー映画で、現在編集をしているところです。コロナが蔓延していた時に半年かけて撮りました。主人公は43歳の漢民族の役者で、長年苦労してる人です。彼がある日、チベット仏教に関心を持ち、チベットのラサ(ポタラ宮)を目指すんです。それによって彼は、五体投地でラサのポタラ宮を目指した初めての漢民族になりました。そんな彼の葛藤を描いた作品になります。今後も、劇映画を撮るにしてもドキュメンタリーを撮るにしても、人間の生命と密接な関係があるテーマを描きたいと思っています。
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)

 
 
第34回東京国際映画祭 コンペティション部門
一人と四人
公式インタビュー

©Mani Stone Pictures

監督:ジグメ・ティンレー

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