2021.11.03 [イベントレポート]
女性監督が子育てをしながら仕事を続けるためには? 岨手由貴子監督、インドネシアのカミラ・アンディニ監督が対談
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右から岨手由貴子監督、インドネシアのカミラ・アンディニ監督、モデレーターの土田環

第34回東京国際映画祭と国際交流基金アジアセンターによる共同トークイベント、トークシリーズ@アジア交流ラウンジ「カミラ・アンディニ×岨手由貴子」が11月3日に開催され、東京ミッドタウン日比谷で、岨手由貴子監督とインドネシアのカミラ・アンディニ監督と語り合った。

岨手監督は、今年2月公開、山内マリコ氏の同名小説を原作に、異なる生き方をする2人の女性が自分の人生を切り開く姿を描いた『あのこは貴族』がスマッシュヒットを記録。来年配信のNetflixドラマ「ヒヤマケンタロウの妊娠」で脚本参加している。アンディニ監督の最新作『ユニ』は、今年の第22回東京フィルメックスでコンペティション部門に出品されており、今年のアカデミー賞インドネシア代表に選出された。

まずは互いの作品の感想を述べあったふたり。岨手監督は、カミラ監督の長編『鏡は嘘をつかない』(11)、『見えるもの、見えざるもの』(17)、『ユニ』(21)を鑑賞した。

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「先の2作品は詩的、幻想的で日本で見られないような表現方法やロケーションが興味深かったです。新作『ユニ』は全く違ったので驚きました。高校生の女の子が結婚を突き付けられる、というインドネシアの社会背景や風習は日本と異なりますが共感できた。かなり年上の男性から求婚される時の、その何とも言えない嫌な感じ……経験した方はわかると思います。違う国の話でも共通した意識を持てることに驚きました。カミラ監督が少女を描くにあたって、女性の自立、自分の生き方の選択を描かれていることに感動しました。特に、女友だちの存在、その会話や女性トイレだったりのロケーションが印象的だった」

岨手監督の『あのこは貴族』を見たカミラ監督は、「まずは脚本も撮影も女性の視点で作られている。登場人物は東アジアらしいキャラクターだと思います。お互い違う国ですが、そこに表現される気持ち、女性たちの関係、社会に直面していることなど共感できました。そして、異なった階層の女性を描きながらも、平等に見ていることが印象的でした。オーナーシップと女性らしさ、私たちは女性として何を所有しているのか--。私も『ユニ』でそれを描きました」と共通点を挙げ、「岨手監督がおっしゃるように、どこで生まれるかによって人生は変わってくる。そして私たち女性は、周囲の期待どおりに生きてしまうことがある。様々な選択も、自分、家族か、社会のためなのか? 結婚したら夫に仕え、体も誰かのものになってしまう。しかし、体や心の中まで誰がオーナーシップをとるのか?」と問題を投げかけた。

両監督は同世代で、2児の母、現在子育てをしながら映画製作を続けている。

「最近、出産されたばかりの日本の女性監督とコンタクトをとる機会があり、日本で映画監督をやっている女性はこの先どう仕事をすればいいのか? 明確な答えがない中で、お互いに考えていこうという話をした。そういうこともあり、カミラ監督に、労働環境や保育環境などインドネシアの映画業界でどのように働いているのか聞きたかった」と岨手監督。

最初の長編の後に第1子を出産したというカミラ監督は、「母親になったことは大きな喜びで、子どもが私のすべて。その時には映画を作りたい気持ちにならずに、9カ月ほど映画に関することは何もしませんでした。母親業に専念しようかと思ったのですが、女性の話を題材にした短編製作の話が来ました。妊娠から2年くらい経っての監督業です。監督の椅子に座ったときに「私、映画が好きなのだ、本当に幸せだ」と思って、あきらめてはいけないと思いました。それを主人も喜んでくれたので、復帰しました」と、当時の心境を感慨深げに振り返る。

インドネシアの巨匠、カリン・ヌグロホを父に持つカミラ監督。「映画監督の一家に生まれているので、撮影中の父の不在を知っています。母は主婦でした。そして今、私は母親で映画人、主人もです。夫婦が撮影に入ったときに、子どものことはどうするのか、主人と話をしました。自分が子どもの頃、父は何をしているのかわからなかったので、私は子どもたちに私の職業を知ってほしい、映画人は何をやるのか知ってほしいのです。シナリオを考えているときは家族一緒にいられ、撮影中はいられない、編集時は行ったり来たり。そういうことを知ってほしいので、ロケ地に連れて行きますし、母乳も与えていました」と新しい映画人の姿を我が子に見せたいという思いがある。

続けて、「私は映画作りと家族を分けることはできません。そういう姿勢を女優たちにも見てもらっているので、子どもが生まれても仕事は続けられる、という自信になると思います。プロということを忘れないという前提で、子どものいる役者には「ロケに連れてきていいですよ」とも言います。また、インドネシアはベビーシッターが安いので預ける人が多いですし、赤ちゃんがいなくてもヘルパーさんがいるのは一般的」とインドネシアの状況を岨手監督に説明した。

岨手監督は、第1子を東京で出産したものの、子どもを保育園に入れることが難しく、金沢に移住したという経緯を明かす。「金沢で子どもが保育園にいる間に、仕事をして、寝かせて、そしてまた仕事をしています。『あのこは貴族』は東京で撮影したので、4カ月は子どもと離れて単身赴任という形で生活していました。金沢で義母が住み込みでお世話をしてくれました。子どもは長いあいだ母親に会えなかったので、少し不安定になっていました」と振り返る。

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昨年2人目を出産した。「第1子出産後、子どもがいると大変だろうから……と仕事が全くこなかったのです。子どもがいる=仕事ができないと思われるので、誰にも言いませんでした。コロナ禍で、打ち合わせもオンラインで済んだので、妊娠していることを隠して出産しました。それくらい子どもを産むことが言いづらい環境です。言ったらもちろん喜んでくれるし、相談したら対応してもらえるとは思うのですが、ハードルが高いなと思うので、どうしようもない時しかリクエストできないなと。しかし、妊娠出産を隠したことで、自分はいいけれど、若い方のプラスにはならないと思いました。年長者としてのふるまいとして、声を上げていくべきだと感じました」と告白する。

そして、「赤ちゃん時代は子どもから離れられる時間がありませんが、私はとにかくひとりになりたいタイプ。夫も帰りが遅いので、基本、ひとりで子どもを見ているワンオペです。カミラ監督が、セッティングの合間に授乳すると聞いて、そんなに豊かな現場があるのかと驚きました。私は現在も授乳中で、乳腺炎になったら困るので、常に搾乳できるトイレを探している状態。日本、特に東京は働く人の街で、子がいる人がメインではないこととして設計されていると感じる」と現状を吐露した。

カミラ監督はそんな日本の状況に驚いたようで、「インドネシアでは昔から女性映画人が多かったので、私は仕事と子育てを両立できるかできないかということは最初から疑いませんでした。ヘルパーさんがいるので。私はなるべく近いところに子どもを置いていきたいタイプ。ロケに子どもを連れて行くのは、市場で働く女性たちもそうしているのを見たからです。もちろん映画を作るのをやめた人もいます。自分の生き方は自分で決めればいいのです。ひとりで頑張っている岨手監督はヒーローのように見えます」と伝えた。

カミラ監督のインドネシアでの女性監督の話を受け、岨手監督は「日本で若い女性監督は増えてきているので、出産という選択をする監督も増えると思う。私のように既に子どもがいる監督が、現場は難しくても、宣伝や編集の時に子どもを連れていくことは、カミラ監督のお話からヒントをいただいたなと思いました。監督以外の仕事に就いている女性も、出産後は復帰が難しい状況です。私は子どもがいることを公表してるので、積極的に声を上げたいし、東京にいないけれど、映画を撮り続けられているということを言い続けたい」と力を込めた。
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