2021.11.03 [インタビュー]
TIFF公式インタビュー「カザフスタンの言語や文化が失われていく現状を、映画を撮ることで発信し続けたい」ダルジャン・オミルバエフ監督:コンペティション部門『ある詩人』

東京国際映画祭公式インタビュー 2021年10月31日
ある詩人
ダルジャン・オミルバエフ(監督/脚本)
公式インタビュー

©2021 TIFF

 
詩人のディダールは、現代の文学界では自分の創作が認められず、くすぶっていた。大学時代の同級生が飲食業界で大成功を収めているのを目の当たりにしたり、友人から仕事を紹介されるも自分のクリエイティビティとは合わず、苦悩の日々。そんな彼は、権力にあらがって処刑された19世紀の詩人に思いを馳せるのだが…。2012年の東京国際映画祭で、ドストエフスキーの『罪と罰』を大胆に現代カザフスタンにうつして描いた『ある学生』が好評だったカザフスタンの気鋭監督、ダルジャン・オミルバエフ。監督の最新作『ある詩人』は、当映画祭でワールドプレミアを飾った。
 
――本作では映画界における「芸術か商業か」という問題を、純文学界に置き換えて問題提起していますね。特に詩の場合は、言語のグローバライゼーション問題が大きいことが分かりました。カザフスタンにおいてはロシア語と独自言語のカザフ語が使われていますが、カザフ語の位置づけというのはどういうものになっているのでしょうか?
 
ダルジャン・オミルバエフ監督(以下、オミルバエフ監督):カザフスタンは非常に大きな領土で、大体ヨーロッパとほぼ同じくらいの面積がある一方、人口はわずか約1800万人しかいません。そのうち、カザフ人とされる人は約1100万人、それ以外はロシア人、韓国人、ウイグル人、ウクライナ人、ドイツ人など、およそ100以上の他の民族になります。その意味では、スイスやアメリカ、ベルギーのような、人種に多様性のある国といえるでしょう。そして言語ですが、カザフスタンで公用語として認められているのは、カザフ語です。でも実情は、歴史的にいろいろな経緯があり、他の言語を使う人が多いんです。例えば私が住んでいるアルマトイとかカザフスタンの北の方の地域では主にロシア語を話す人が大多数。
カザフスタンに住むカザフ人が約1100万人いると言いましたが、各国に散らばっているカザフ人を集めても、多くて1500万人くらいです。すなわち、カザフ語を使う人は全世界でこれくらいしかいないということになります。とすると、世界中で起きている言語のグローバリゼーション化、すなわちビッグランゲージと呼ばれるものが、ほかの言語をどんどん追いやっていっているというのがあると思います。
 
――それを冒頭シーンで、フランスをたとえに問題視してらっしゃいますね。監督ご自身も出演されて。
 
オミルバエフ監督:そうです。フランスのような素晴らしい文化、言語を持っている国でさえ、こと学術論文の世界に関しては、論文の半分以上が、もう英語で書かれてしまっているんですね。おそらく日本の学術界においても、研究論文は日本語ではなく英語で書かれているのではないでしょうか。国際的学術誌に載せるためには英語で書く必要がある、その学術誌自体が英語だけで構成されている、ということが問題です。つい最近、インターネットでオランダに関する記事を読んだのですが、オランダでも学術論文のほとんどは英語で書かれ出版されるようになってしまっている。すなわち、オランダ語というものは、その業界においてどんどん追いやられて、放逐されているんですね。
 
――カザフスタンにおいて、自国の文化や言語が失われていく恐怖というのはどの程度感じていらっしゃいますか?
 
オミルバエフ監督:こういったことは世界各国で起きていますので、それはカザフスタンだけの問題ではなくて、世界中における、世界が今、直面している問題であろうかと考えられます。ですが、人生にはリスクが付き物ですので、私はただこのように映画を撮り、問題を発信し続けていくしかないと思っています。
公式インタビュー
 
――芸術か商業か、という問題についてですが、宮廷画家のようにお上に雇われた芸術家が作り出したものが、後の世では一級の芸術と認められる、ということもあります。本作でも、芸術性と娯楽性、あるいは商業の両立は、こうも難しいことだということを描き出してますね。
 
オミルバエフ監督:ええ、それも描いたつもりです。これは私の考えですけれども、これはもう永遠の課題であり、これを解決するというのはできないのではないかと思います。私自身が身を置いている映画界については、この問題は非常に切実な問題となっています。映画は資金がないと作ることができないものですからね。他方、例えば小説や絵画は、紙とペン、あるいは絵筆があればかけますが、映画はそれなりのまとまった資金が必要ですから、お金がないと撮りたいものも撮れない。
この問題は昔からありますが、和らげる方法はあるのではないかと思っています。それは、学校教育です。
 
――学校で映画の見方を学ばせる、と?
 
オミルバエフ監督:そうです。芸術の科目を取り入れるということ。具体的には科目の中に映画を鑑賞する機会を設けて、例えば30~40本くらいのクラシック映画を観てもらう。そういった形で子供を教育していくというのはいい方法なのではないかと思います。子供たちは学校で5年から6年かけて文学や数学などを勉強しますが、こと映画に関しては学校教育の中に組み込まれていません。学校の授業で掛け算を教わらなければ、そのあと数式を使っていろいろな問題を解くことはできなくなりますし、アルファベットの読み書きを習わなければ良い本に出会う機会も失われてしまいます。しかも今の子供たちは、テレビやガジェットの前で過ごす時間がどんどん多くなっていて、本を読む機会すらなくなっていますよね。でも、芸術にふれる機会を積極的に作ることによって、良い鑑賞眼は育つはずです。映画に関しては、学校では一切教育されておりませんので、それがゆえに人々は良い映画と出会うことができないのではないか。優れた映画作品はたくさんあっても、視聴者がいない、それを観てくれる観客がいないということに、私たちは驚いているのです。
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)

 
 
第34回東京国際映画祭 コンペティション部門
ある詩人
公式インタビュー

©Kazakhfilm

監督:ダルジャン・オミルバエフ

オフィシャルパートナー