グランプリはカルトリナ・クラスニチ監督作『ヴェラは海の夢を見る』に
第34回東京国際映画祭のクロージング・セレモニーが11月8日、TOHOシネマズ日比谷で行われ、各賞が発表された。最高賞にあたる東京グランプリ/東京都知事賞は、カルトリナ・クラスニチ監督によるコソボ・北マケドニア・アルバニア合作映画『
ヴェラは海の夢を見る』が受賞した。
今年のコンペ部門には、113の国と地域から1533本の応募があり、15作品が正式出品。『ヴェラは海の夢を見る』は、手話通訳を職業としている中年女性のヴェラを主人公にした作品。夫の自殺によって、自らを取り巻く状況が一変したことで、ヴェラは独力で事態を打開しようと決心する。男性中心に回っている世界に挑むヒロインを力強く描いた物語だ。
審査委員長を務めたイザベル・ユペールは「この映画は、夫を亡くした女性を繊細に描くとともに、男性が作った根深いルールに従わない者を絡めとる“家父長制度”に迫っています」と説明。「監督は、国の歴史の重荷を抱えるヴェラの物語を巧みに舵取りしています。その歴史の重荷は、静かに、狡猾にも、社会を変えようとする者に“暴力”の脅威を与えます。演出、力強い演技、撮影が、自信に満ちた深い形によって、集合的な衝突を生み出していました。この映画は、勇気あるコソボの新世代女性監督によって、素晴らしい作品群の1本に加わりました」と称賛していた。
自国で受賞の一報を受けたクラスニチ監督は、驚きを隠せなかった。映画祭には、ビデオメッセージを寄せて「初長編となった『ヴェラは海の夢を見る』が東京国際映画祭のコンペ部門に出品されると連絡を受けた時、大変光栄に感じました」と述懐。「東京と日本は私にとっては夢。そして夢のような映画の国です。またこの映画祭に初めて参加するコソボ映画だったということも大変光栄です。グランプリを受賞したことを知り、喜びのあまりに泣いてしまいました」と話し、審査員、作品を支えたキャストやスタッフに謝意を示していた。
観客賞に輝いたのは、池松壮亮と伊藤沙莉が主演した『
ちょっと思い出しただけ』。トロフィーを手にした松居大悟監督は、東京国際映画祭に4回目の参加となり「初めて(トロフィーの)重さを両手に感じてるのが、嬉しいなと思います」と声を震わせる。「(同作は)世界中が経験した2年の苦しい時間、悔しい時間において、悲しい事、嫌な事だけではなく“人と会える瞬間”の嬉しさ、鮮やかさが愛おしく思えるように、過去と今を等しく抱きしめられるように作りました。(人々に)前へ進んでいってほしいと思って作ったので、嬉しいです」と語り、製作のきっかけとなった「クリープハイプ」の尾崎世界観の名前を挙げる。
松居監督「尾崎君の主題歌によって生まれた物語。この映画は、僕の誕生日で初上映となりました。そして、尾崎君が明日誕生日(=11月9日)なんですよ。誕生日プレゼントとして、(尾崎に)伝えられるなと思って、すごく嬉しいです」
また、コンペ部門の受賞には至らなかったが、素晴らしい作品を製作した監督を称えるために「スペシャルメンション」が設けられることに。ユペールが名前を告げたのは、松居監督。その理由は「素晴らしい2人の登場人物が、池松壮亮さんと伊藤沙莉さんによって演じられました。この2人のケミストリーを描いた」というものだった。
ユペールは、映画祭の総評として「拝見した15作品を振り返り、最も強い印象を残したのは「映画の多様性と豊かさ」でした」と口火を切った。
ユペール「まずは言語の多様性。スペイン語、イタリア語、韓国語、日本語、アゼルバイジャン語、クルド語等々です。コンペ部門の出品作の中には、言語の違いというものがテーマになっているものもありました。『
ある詩人』(最優秀監督賞)では、登場人物のひとりが、世界には数多くの言語があることを論じ、本人が話している言葉も含め、多くの言語が消滅の危機にあることを嘆くシーンがあります。とはいえ、逆の意見も表明されています。『ちょっと思い出しただけ』では、世界の人が皆同じ言葉を話したらいいのではないかと考える場面も。驚くべきことに“詩”も多くの作品のテーマになっていました。その他、非言語的な芸術形式、あるいは音楽、演劇、舞踊、映画そのものも取り上げいます。選考では、現代文化における映画の位置付けについて考えることを求められました。既に確立されたアーティスト、新しい方たちの声、世界の様々な国における多様なコミュニティを扱っている作品に向かい合うことになり、こうした状況と共に、社会の現状を見ることができました。このような作品がもたらす現代的なイメージに、何度も何度も感動しました。以前は、文化を世界のフォークロアとしてとらえることがありましたが、今年の東京ではそのようなことはありませんでした」
また、女性が描かれる作品として『ヴェラは海の夢を見る』『
市民』『
もうひとりのトム』を例に出したユペール。「これら3作品の主人公たちは、途方もない苦境、腐敗、犯罪、暴力、虐待、ネグレクトに直面します。どの映画でも社会制度、社会全体――人々を抑圧し続ける過去のレガシーを見せています。それでありながら、非常に特徴的なのは、3作品の主人公は“被害者として描かれていない”ということ。ひとりひとりが敵を見極め、対峙できるようになっています。戦いの勝敗に関わらず、3作品は未来に目を向けている」と分析しつつ、「(コンペ部門の)15作品とともに世界を探求するというのは楽しい作業でした。審査委員として仕事を任されたことを、大変光栄に思っています」と思いの丈を述べていた。
なお、第34回東京国際映画祭のデータも発表(速報値/8日は見込み動員数)。上映動員数/上映作品数は「2万9414人/126本(10日間)」(第33回:4万533人/138本:9日間)、上映作品における女性監督の比率(男女共同監督作品を含む)は「26.2%(126本中34本)」、その他リアルイベント動員数は「2万6514人」、共催/提携企画動員数は「約3万4000人」となった。
全受賞結果は以下の通り。
コンペティション部門
▼東京グランプリ/東京都知事賞:『ヴェラは海の夢を見る』(カルトリナ・クラスニチ監督)
▼審査員特別賞:『市民』(テオドラ・アナ・ミハイ監督)
▼最優秀監督賞:ダルジャン・オミルバエフ監督(『ある詩人』)
▼最優秀女優賞:フリア・チャべス(『もうひとりのトム』)
▼最優秀男優賞:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥ(『
四つの壁』)
▼最優秀芸術貢献賞:『
クレーン・ランタン』(ヒラル・バイダロフ監督)
▼観客賞:『ちょっと思い出しただけ』(松居大悟監督)
アジアの未来部門作品賞
『
世界、北半球』(ホセイン・テヘラニ監督)
Amazon Prime Video テイクワン賞
『日曜日、凪』(金允洙監督)
Amazon Prime Video テイクワン審査委員特別賞
『橋の下で』(瑚海みどり監督)
グランプリはカルトリナ・クラスニチ監督作『ヴェラは海の夢を見る』に
第34回東京国際映画祭のクロージング・セレモニーが11月8日、TOHOシネマズ日比谷で行われ、各賞が発表された。最高賞にあたる東京グランプリ/東京都知事賞は、カルトリナ・クラスニチ監督によるコソボ・北マケドニア・アルバニア合作映画『
ヴェラは海の夢を見る』が受賞した。
今年のコンペ部門には、113の国と地域から1533本の応募があり、15作品が正式出品。『ヴェラは海の夢を見る』は、手話通訳を職業としている中年女性のヴェラを主人公にした作品。夫の自殺によって、自らを取り巻く状況が一変したことで、ヴェラは独力で事態を打開しようと決心する。男性中心に回っている世界に挑むヒロインを力強く描いた物語だ。
審査委員長を務めたイザベル・ユペールは「この映画は、夫を亡くした女性を繊細に描くとともに、男性が作った根深いルールに従わない者を絡めとる“家父長制度”に迫っています」と説明。「監督は、国の歴史の重荷を抱えるヴェラの物語を巧みに舵取りしています。その歴史の重荷は、静かに、狡猾にも、社会を変えようとする者に“暴力”の脅威を与えます。演出、力強い演技、撮影が、自信に満ちた深い形によって、集合的な衝突を生み出していました。この映画は、勇気あるコソボの新世代女性監督によって、素晴らしい作品群の1本に加わりました」と称賛していた。
自国で受賞の一報を受けたクラスニチ監督は、驚きを隠せなかった。映画祭には、ビデオメッセージを寄せて「初長編となった『ヴェラは海の夢を見る』が東京国際映画祭のコンペ部門に出品されると連絡を受けた時、大変光栄に感じました」と述懐。「東京と日本は私にとっては夢。そして夢のような映画の国です。またこの映画祭に初めて参加するコソボ映画だったということも大変光栄です。グランプリを受賞したことを知り、喜びのあまりに泣いてしまいました」と話し、審査員、作品を支えたキャストやスタッフに謝意を示していた。
観客賞に輝いたのは、池松壮亮と伊藤沙莉が主演した『
ちょっと思い出しただけ』。トロフィーを手にした松居大悟監督は、東京国際映画祭に4回目の参加となり「初めて(トロフィーの)重さを両手に感じてるのが、嬉しいなと思います」と声を震わせる。「(同作は)世界中が経験した2年の苦しい時間、悔しい時間において、悲しい事、嫌な事だけではなく“人と会える瞬間”の嬉しさ、鮮やかさが愛おしく思えるように、過去と今を等しく抱きしめられるように作りました。(人々に)前へ進んでいってほしいと思って作ったので、嬉しいです」と語り、製作のきっかけとなった「クリープハイプ」の尾崎世界観の名前を挙げる。
松居監督「尾崎君の主題歌によって生まれた物語。この映画は、僕の誕生日で初上映となりました。そして、尾崎君が明日誕生日(=11月9日)なんですよ。誕生日プレゼントとして、(尾崎に)伝えられるなと思って、すごく嬉しいです」
また、コンペ部門の受賞には至らなかったが、素晴らしい作品を製作した監督を称えるために「スペシャルメンション」が設けられることに。ユペールが名前を告げたのは、松居監督。その理由は「素晴らしい2人の登場人物が、池松壮亮さんと伊藤沙莉さんによって演じられました。この2人のケミストリーを描いた」というものだった。
ユペールは、映画祭の総評として「拝見した15作品を振り返り、最も強い印象を残したのは「映画の多様性と豊かさ」でした」と口火を切った。
ユペール「まずは言語の多様性。スペイン語、イタリア語、韓国語、日本語、アゼルバイジャン語、クルド語等々です。コンペ部門の出品作の中には、言語の違いというものがテーマになっているものもありました。『
ある詩人』(最優秀監督賞)では、登場人物のひとりが、世界には数多くの言語があることを論じ、本人が話している言葉も含め、多くの言語が消滅の危機にあることを嘆くシーンがあります。とはいえ、逆の意見も表明されています。『ちょっと思い出しただけ』では、世界の人が皆同じ言葉を話したらいいのではないかと考える場面も。驚くべきことに“詩”も多くの作品のテーマになっていました。その他、非言語的な芸術形式、あるいは音楽、演劇、舞踊、映画そのものも取り上げいます。選考では、現代文化における映画の位置付けについて考えることを求められました。既に確立されたアーティスト、新しい方たちの声、世界の様々な国における多様なコミュニティを扱っている作品に向かい合うことになり、こうした状況と共に、社会の現状を見ることができました。このような作品がもたらす現代的なイメージに、何度も何度も感動しました。以前は、文化を世界のフォークロアとしてとらえることがありましたが、今年の東京ではそのようなことはありませんでした」
また、女性が描かれる作品として『ヴェラは海の夢を見る』『
市民』『
もうひとりのトム』を例に出したユペール。「これら3作品の主人公たちは、途方もない苦境、腐敗、犯罪、暴力、虐待、ネグレクトに直面します。どの映画でも社会制度、社会全体――人々を抑圧し続ける過去のレガシーを見せています。それでありながら、非常に特徴的なのは、3作品の主人公は“被害者として描かれていない”ということ。ひとりひとりが敵を見極め、対峙できるようになっています。戦いの勝敗に関わらず、3作品は未来に目を向けている」と分析しつつ、「(コンペ部門の)15作品とともに世界を探求するというのは楽しい作業でした。審査委員として仕事を任されたことを、大変光栄に思っています」と思いの丈を述べていた。
なお、第34回東京国際映画祭のデータも発表(速報値/8日は見込み動員数)。上映動員数/上映作品数は「2万9414人/126本(10日間)」(第33回:4万533人/138本:9日間)、上映作品における女性監督の比率(男女共同監督作品を含む)は「26.2%(126本中34本)」、その他リアルイベント動員数は「2万6514人」、共催/提携企画動員数は「約3万4000人」となった。
全受賞結果は以下の通り。
コンペティション部門
▼東京グランプリ/東京都知事賞:『ヴェラは海の夢を見る』(カルトリナ・クラスニチ監督)
▼審査員特別賞:『市民』(テオドラ・アナ・ミハイ監督)
▼最優秀監督賞:ダルジャン・オミルバエフ監督(『ある詩人』)
▼最優秀女優賞:フリア・チャべス(『もうひとりのトム』)
▼最優秀男優賞:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥ(『
四つの壁』)
▼最優秀芸術貢献賞:『
クレーン・ランタン』(ヒラル・バイダロフ監督)
▼観客賞:『ちょっと思い出しただけ』(松居大悟監督)
アジアの未来部門作品賞
『
世界、北半球』(ホセイン・テヘラニ監督)
Amazon Prime Video テイクワン賞
『日曜日、凪』(金允洙監督)
Amazon Prime Video テイクワン審査委員特別賞
『橋の下で』(瑚海みどり監督)