東京国際映画祭公式インタビュー 2021年11月3日
『もうひとりのトム』
ロドリゴ・プラ/ラウラ・サントゥージョ(監督/プロデューサー/脚本)
アメリカ・テキサス州エル・パソ。シングルマザーのエレナは息子トムとふたり暮らし。ADHD(注意欠如・多動症)のトムは、社会福祉の援助を受けつつ治療中だが、長く続ける投薬の副作用が出たようだ。そんな変異に危険を感じたエレナは、投薬を打ち切ることにするが、周囲はそれを許さない…。2015年東京国際映画祭のコンペティション部門でセンセーショナルを巻き起こした、『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』のロドリゴ・プラ監督と、脚本担当ラウラ・サントゥージョのコンビ作が再び。前作と同様に<女の闘い>をテーマにしながらも、まったく違うタッチの社会派ドラマ誕生のプロセスを伺った。
――ノンストップ・スリラーと称される『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』と同じように、苦境に陥った女の闘いを描いていますが、作風はまったく違っています。
ラウラ・サントゥージョ監督(以下、サントゥージョ監督):私たちはこれまで、主人公の女性が闘う映画を3つ作りました。『The Delay』(12)は、高齢の父親を介護施設に入れようと奮闘するシングルマザー。『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(15)は、重病の夫のために腐敗した保険制度や保険の大手企業と闘う主婦。そして、『The Delay』と同じく行政と闘う『もうひとりのトム』です。
ロドリゴ・プラ監督(以下、プラ監督):『モンスター〜』では主に、行政や国が不在で、市民の抱える様々な問題の解決に手助けをしてくれないという状況を扱いました。一方、『もうひとりのトム』はそれとはまったく逆です。非常に発展しているアメリカのソーシャルサービスが、個人の抱えるいろいろな問題に介在してくるのですが、その結果、理不尽なプレッシャーも生まれ、家族のあり方にまで影響を及ぼすことになる。前作は行政の不在、本作は過度な介入。その真逆の状況を今回は描きたかったのです。
サントゥージョ監督:『モンスター〜』は、メカニズムがアクション・スリラーのジャンル。でも本作では、もっと母と子の関係性に着目しています。理想的な母親ではないけれど、だからといって子供を愛していないわけではない。彼女は彼女なりのやり方で、子供に愛情を注いでいる。その瞬間を捉えるには、このようなスタイルが適していると思いました。
――母親が拒否する投薬治療を強制する、公的なシステムが怖いと思いました。
プラ監督:国の保健システムの公的サービスです。児童福祉の一環として、トムのようなADHDだけではなく、様々な子供たちの心と体をケアする総合的な福祉サービス。とくにアメリカはそのシステムが普及していて、学校の教師が子供たちの日常を注意深く観察して、早期に病気や問題を発見し、治療や解決につなげていく流れが出来上がっています。ただ、多くの場合の解決方法が、たとえ精神面の問題でも薬を施すこと。その点に興味と疑問を持ったのが、この映画を作るきっかけでした。
――これまでプラ監督の作品に脚本で参加していたサントゥージョさんが、初めて監督としてクレジットされていますが?
サントゥージョ監督:実は、私たちはすべての作品において協力してきました。ずっとお互いの専門分野を活かしながら、役割分担はせずに二人三脚で作ってきたのです。そして、どんな細かい部分でも、最終的な決定はふたりで下してきました。でも、今回は作成プロセスがとても長くて深い作品だったので、共同作業もより多くなりました。そこで私も監督としてクレジットしたほうがいいなと思ったのです。
―― “長くて深い”はどんな部分ですか?
プラ監督:製作資金の調達にも長い時間がかかりました。それ以外にも、撮影を行ったのがアメリカとメキシコの国境にあるエル・パソと、メキシコ側ではシウダーフアレスという街。トランプ元大統領が高くして有名になった塀に隔てられている地域です。このあたりは、メキシコとアメリカの両方の文化を身につけた、普通のメキシコの人たちとは異なるアイデンティティや文化を持った人たちが多く住んでいます。私たちとしては、まずはこの地域の生活や文化にどっぷりと浸かって、彼らをしっかり理解する時間が必要でした。
――出演者はその地域の方ですか?
プラ監督:そうです。特有の文化を自然に表現できるのは、最初に考えていたメキシコシティに住む俳優たちでは無理。ですから、そこに住んではいるけれど、まったく演技経験のない人々のために演技のワークショップを開いて、キャスティングの準備をしました。同時に、最初の脚本を土地柄に合わせて書き直して。大きな変化のひとつには、トム役に選んだ少年が英語のほうが上手だったので、全編をスペイン語ではなく英語にしたこともあります。
――エレナ役=イフリア・チャベスとトム役=イスラエル・ロドリゲス・ベトレリのキャスティングのプロセスは?
プラ監督:最初に、トム役を探して子供向けの無料の演技ワークショップを開きました。参加した子供たちの中でもイスラエル君は、表現力も、役に没頭する能力も、群を抜いていました。加えて、彼自身もトムと同じように学校では問題児の扱いを受け、家庭学習をしているところでした。彼のご両親は、こういう映画に参加することが彼に良い影響をもたらすのではと思ったらしく、すぐに賛同してくれました。イスラエル君も、同じような境遇のトムは演じやすかったのかもしれません。母親エレナを演じたチャベスさんも、役と同じくシングルマザー。父親違いの3人の子供を育てているマッサージ師です。
撮影前に<慣らし期間>を設けたのですが、最初は居心地悪そうだったイスラエル君が、ちょっとドライな感じのチャベスさんに懐くようになって、すごく楽しそうでした。そういう下地を作った後に撮影を始めたのですが、ひとつイスラエル君に大きな変化がありました。最初は、他の子供たちと一緒のシーンが苦手で馴染めなかったのですが、ロケが進むにつれて、子供たちと一緒のシーンになると笑顔になって目もキラキラして、すごく楽しそうになる。その姿を見たスタッフ全員も嬉しくて…。とっても素晴らしい時間を過ごせました。
――企画をスタートさせてから完成までの、時間と制作費を伺いたいです。
プラ監督:最初の部分で、脚本を書いて製作資金を集めるまで10年かかりました(笑)。そして、ロケを始める前の役者探しに6ヶ月間かけています。制作費は、120万ドルから125万というところでしょうか。
――そんなに手間ひまかけて丁寧に作られた映画の完成版をご覧になった時に感想は?
サントゥージョ監督:非常に感動的でした。子供のメンタルヘルスケアに関心を持っている人たちがたくさんいることも知りました。教師とか、ソーシャルワーカーの方々とか。映画は、問題の解決法を提示するのではなく、問題について話すきっかけを作る。あるいは、このテーマについての問いかけをするのが役目だと思っています。本作を観て、子供のメンタルヘスの状況に疑問を持つ。そんなきっかけになればいいなと思います。
プラ監督:コロナ感染対策によるホームステイが続く中で、東京国際映画祭に参加してみなさんに作品を観ていただけることを、とても喜んでいます。私もラウラと同じく、子供たちが抱える問題の診断と治療が、簡単な観察によってされてしまうことの危うさを考えて欲しいと思っています。子供の心はもっともっと、複雑で繊細なのですから。
サントゥージョ監督:そう、この映画を通して、人間はとても複雑だということを伝えたかったのです。たとえば、子供が生まれて父親か母親になる。そこで構築する関係性はけっしてシンプルではありません。いろんなタイプの父親がいて、母親がいて、それぞれ子供たちへの愛情の注ぎ方も違う。でも往々にして、父親あるいは母親とはこういうものだ、子供はこうであるべきだ、というレッテルを貼ってしまいがちです。人間はもっと複雑で、それぞれの人がそれぞれの感性を持っています。この映画をご覧になって、そのことをもう一度考えて欲しいと思います。
第34回東京国際映画祭 コンペティション部門
『もうひとりのトム』
監督:ロドリゴ・プラ/ラウラ・サントゥージョ