是枝裕和監督とオンラインで対談した台湾のチャン・チェン
第34回東京国際映画祭と国際交流基金アジアセンターによるトークシリーズ@アジア交流ラウンジ「チャン・チェン×是枝裕和」が11月1日に開催され、是枝裕和監督が東京ミッドタウン日比谷で、台湾の俳優チャン・チェンとオンラインで語り合った。
是枝監督の『万引き家族』が最高賞のパルムドールを獲得した第71回カンヌ国際映画祭で、チャン・チェンは審査員を務めており、ふたりはその時以来の対面だそう。「(同作の登場人物の少年)祥太が押し入れの中で自分だけの時間を過ごしますが、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)でも押し入れが印象的に使われていますね、という話をしましたね」と久々の再開を喜ぶ是枝監督。
第71回カンヌ国際映画祭ではドゥニ・ビルヌーブ監督も審査員を務めており、是枝監督が「審査員として同じ時間を過ごされたのも『DUNE/デューン 砂の惑星』出演のきっかけのひとつですか?」とチャン・チェンに問うと、「その時は、『DUNE/デューン 砂の惑星』の話はなかったが」と前置きしつつも、カンヌでの出会いが出演のきっかけになったことを明かした。
話題のハリウッド大作への出演と、国際的に活躍の幅を広げるチャン・チェンだが、「初めての国際映画祭は『牯嶺街少年殺人事件』での東京国際映画祭でした。映画祭は、世界から映画を愛する方々が集まる、オープン会議のような感じ。是枝さんにお会いしたのも映画祭でした。私にとって海外での仕事は重要です」と語る。
是枝監督は、まず、当時14歳だったチャン・チェンのデビュー作である、エドワード・ヤン監督の代表作『牯嶺街少年殺人事件』の名を挙げる。撮影中はヤン監督からの厳しい指導があったそうで、「ビリヤード場のシーンで、私ひとりだけが小屋に呼ばれて「心が演技に向かっていない」と。当時はなぜ怒られたのか分からなかった。今大人になるとよくわかる。言葉ではなく、リアルな反応が欲しかったのだと思った」と語り、キャラクターに人間らしい自然な息遣いを要求した、ヤン監督ならではの当時の演出術について振り返った。
次に、是枝監督はヤン監督とは対照的だと言われるウォン・カーウァイ監督との現場について尋ねる。
「『ブエノスアイレス』が、ウォン・カーウァイとの初めての作品でした。アルゼンチンに着いて、CDを渡され、「まず聞いてみろ」と言われたのです。それまでエドワード・ヤンとしか仕事をしたことがなかったので、こんな形で自分が演じる役のキャラクターを作っていけ、と言われるのは初めての経験でした。エドワード・ヤンからはまず脚本を渡されて、そのセリフは変えてはいけない。セリフの一つ一つに意味があり、それを役者が理解する……というやり方。一方、ウォン・カーウァイは自分で行動しながらキャラクターを作っていくのです。セリフを自由に変えていくことなど、慣れない現場ではありましたが、彼のテンポが好きでした。彼は、役者をすごく見ており、役者に不必要なことはさせない、待たせることもさせない。安心して任せられ、予想のつかない効果を期待できるのです」と両監督の特徴を説明した。
さらに、是枝監督は「全てが素晴らしい、何度見返しても大好きな一本」というホウ・シャオシェン『百年恋歌』(05)で、印象深い食事のシーンについて問い、チャン・チェンはこう振り返る。
「私にとって初めてのホウ監督との作品です。これまでの経験をゼロに戻すような仕事でした。どこにカメラがあるのかわからず、いつ撮られているかわからない。脚本もない。A4の紙にまとめられたあらすじを、理解して撮影したのです。ホウ監督は、照明もあまり使いません。そして、撮り直しがあってもなぜ前のテイクがダメなのか教えてもらえない。他の雰囲気でやってみようと提案されたりと、そういった意味で、自分もこれが自分のベストだというような固定観念を破ってくれた経験でした」と述懐し、「是枝監督はどういうアプローチをされるのでしょうか?」と投げかける。
是枝監督は「僕は役者に合わせるタイプ。この役者はどういうアプローチの仕方を好むのだろうか、どう良い芝居を引き出せるか観察し、たくさん情報を与えた方がいい方には一緒に考えますし、そうではなく現場で探していきましょうという方もいる。意外と型がないのです」と答えた。
是枝監督は、1994年に初めてエドワード・ヤン監督に出会い、役者やスタッフへの丁寧な指導やふるまいに感銘を受けたという。現在の台湾映画界を担う存在のひとりであるチャン・チェンに、今後の未来像を尋ねた。
チャン・チェン「観客の好みは変化しているので、それに合わせた作品を作るのは重要です。そして様々な世代が映画を通して繋がり、映画を通して物事を変えていく、心の希望になるような作品を作りたい。監督や俳優など作る人も、そして見ている人も、映画で人生が変わるような経験がある方がいらっしゃるのではないかと思います。ネット配信など映画の見方が変わっていく中で、映画という小箱の中につまっているものは変わらないと信じています。映画の仕事はハイレベルであり、精神的な満足感を得て、高揚するような気持ちを持って取り組んでいけるもの。自分自身が映画の仕事を続けていくことに自信と希望を持ち続けていきたいです」
是枝監督は「近年『牯嶺街少年殺人事件』の再評価が高まっています。アジアの最高傑作のひとつとしての評価は間違いない。いち早く取り上げた東京国際映画祭はもっと自慢してよいこと」と強調する。
「(『牯嶺街少年殺人事件』で)チャン・チェンが演じた小四(シャオスー)が学校の廊下をただ歩いて、怪我をした小明(シャオミン)がついてきて、立ち止まって壁に寄り掛かる……そういった一つ一つの些細な動きが、とても繊細に捉えられている。その繊細な積み重ねのすべてが好きです」と作品への愛を語り、「父親が台湾生まれなので、1980年代にホウ・シャオシェンの作品に出合った経験がとても大きく、彼の映画には父が語っていた原風景が色濃く出ていた。そういった個人的なシンパシーに併せて、映画としての素晴らしさ。当時映画監督になる道筋も見えなかった頃『恋々風塵』を見たことが、映画監督を目指すきっかけになった。そしてその流れで、エドワード・ヤンの名を知った。このようにふたりの存在が非常に大きく、ふたりに出会っていなければ、映画監督にはなっていなかった」と自身と台湾映画とのかかわり、その影響力をチャン・チェンと観客に伝えた。
トークシリーズ「アジア交流ラウンジ」は、7日まで毎日オンライン配信を行う。Zoomビデオウェビナー(登録無料)で視聴可。第34回東京国際映画祭は、11月8日まで、日比谷、有楽町、銀座地区で開催。
是枝裕和監督とオンラインで対談した台湾のチャン・チェン
第34回東京国際映画祭と国際交流基金アジアセンターによるトークシリーズ@アジア交流ラウンジ「チャン・チェン×是枝裕和」が11月1日に開催され、是枝裕和監督が東京ミッドタウン日比谷で、台湾の俳優チャン・チェンとオンラインで語り合った。
是枝監督の『万引き家族』が最高賞のパルムドールを獲得した第71回カンヌ国際映画祭で、チャン・チェンは審査員を務めており、ふたりはその時以来の対面だそう。「(同作の登場人物の少年)祥太が押し入れの中で自分だけの時間を過ごしますが、『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)でも押し入れが印象的に使われていますね、という話をしましたね」と久々の再開を喜ぶ是枝監督。
第71回カンヌ国際映画祭ではドゥニ・ビルヌーブ監督も審査員を務めており、是枝監督が「審査員として同じ時間を過ごされたのも『DUNE/デューン 砂の惑星』出演のきっかけのひとつですか?」とチャン・チェンに問うと、「その時は、『DUNE/デューン 砂の惑星』の話はなかったが」と前置きしつつも、カンヌでの出会いが出演のきっかけになったことを明かした。
話題のハリウッド大作への出演と、国際的に活躍の幅を広げるチャン・チェンだが、「初めての国際映画祭は『牯嶺街少年殺人事件』での東京国際映画祭でした。映画祭は、世界から映画を愛する方々が集まる、オープン会議のような感じ。是枝さんにお会いしたのも映画祭でした。私にとって海外での仕事は重要です」と語る。
是枝監督は、まず、当時14歳だったチャン・チェンのデビュー作である、エドワード・ヤン監督の代表作『牯嶺街少年殺人事件』の名を挙げる。撮影中はヤン監督からの厳しい指導があったそうで、「ビリヤード場のシーンで、私ひとりだけが小屋に呼ばれて「心が演技に向かっていない」と。当時はなぜ怒られたのか分からなかった。今大人になるとよくわかる。言葉ではなく、リアルな反応が欲しかったのだと思った」と語り、キャラクターに人間らしい自然な息遣いを要求した、ヤン監督ならではの当時の演出術について振り返った。
次に、是枝監督はヤン監督とは対照的だと言われるウォン・カーウァイ監督との現場について尋ねる。
「『ブエノスアイレス』が、ウォン・カーウァイとの初めての作品でした。アルゼンチンに着いて、CDを渡され、「まず聞いてみろ」と言われたのです。それまでエドワード・ヤンとしか仕事をしたことがなかったので、こんな形で自分が演じる役のキャラクターを作っていけ、と言われるのは初めての経験でした。エドワード・ヤンからはまず脚本を渡されて、そのセリフは変えてはいけない。セリフの一つ一つに意味があり、それを役者が理解する……というやり方。一方、ウォン・カーウァイは自分で行動しながらキャラクターを作っていくのです。セリフを自由に変えていくことなど、慣れない現場ではありましたが、彼のテンポが好きでした。彼は、役者をすごく見ており、役者に不必要なことはさせない、待たせることもさせない。安心して任せられ、予想のつかない効果を期待できるのです」と両監督の特徴を説明した。
さらに、是枝監督は「全てが素晴らしい、何度見返しても大好きな一本」というホウ・シャオシェン『百年恋歌』(05)で、印象深い食事のシーンについて問い、チャン・チェンはこう振り返る。
「私にとって初めてのホウ監督との作品です。これまでの経験をゼロに戻すような仕事でした。どこにカメラがあるのかわからず、いつ撮られているかわからない。脚本もない。A4の紙にまとめられたあらすじを、理解して撮影したのです。ホウ監督は、照明もあまり使いません。そして、撮り直しがあってもなぜ前のテイクがダメなのか教えてもらえない。他の雰囲気でやってみようと提案されたりと、そういった意味で、自分もこれが自分のベストだというような固定観念を破ってくれた経験でした」と述懐し、「是枝監督はどういうアプローチをされるのでしょうか?」と投げかける。
是枝監督は「僕は役者に合わせるタイプ。この役者はどういうアプローチの仕方を好むのだろうか、どう良い芝居を引き出せるか観察し、たくさん情報を与えた方がいい方には一緒に考えますし、そうではなく現場で探していきましょうという方もいる。意外と型がないのです」と答えた。
是枝監督は、1994年に初めてエドワード・ヤン監督に出会い、役者やスタッフへの丁寧な指導やふるまいに感銘を受けたという。現在の台湾映画界を担う存在のひとりであるチャン・チェンに、今後の未来像を尋ねた。
チャン・チェン「観客の好みは変化しているので、それに合わせた作品を作るのは重要です。そして様々な世代が映画を通して繋がり、映画を通して物事を変えていく、心の希望になるような作品を作りたい。監督や俳優など作る人も、そして見ている人も、映画で人生が変わるような経験がある方がいらっしゃるのではないかと思います。ネット配信など映画の見方が変わっていく中で、映画という小箱の中につまっているものは変わらないと信じています。映画の仕事はハイレベルであり、精神的な満足感を得て、高揚するような気持ちを持って取り組んでいけるもの。自分自身が映画の仕事を続けていくことに自信と希望を持ち続けていきたいです」
是枝監督は「近年『牯嶺街少年殺人事件』の再評価が高まっています。アジアの最高傑作のひとつとしての評価は間違いない。いち早く取り上げた東京国際映画祭はもっと自慢してよいこと」と強調する。
「(『牯嶺街少年殺人事件』で)チャン・チェンが演じた小四(シャオスー)が学校の廊下をただ歩いて、怪我をした小明(シャオミン)がついてきて、立ち止まって壁に寄り掛かる……そういった一つ一つの些細な動きが、とても繊細に捉えられている。その繊細な積み重ねのすべてが好きです」と作品への愛を語り、「父親が台湾生まれなので、1980年代にホウ・シャオシェンの作品に出合った経験がとても大きく、彼の映画には父が語っていた原風景が色濃く出ていた。そういった個人的なシンパシーに併せて、映画としての素晴らしさ。当時映画監督になる道筋も見えなかった頃『恋々風塵』を見たことが、映画監督を目指すきっかけになった。そしてその流れで、エドワード・ヤンの名を知った。このようにふたりの存在が非常に大きく、ふたりに出会っていなければ、映画監督にはなっていなかった」と自身と台湾映画とのかかわり、その影響力をチャン・チェンと観客に伝えた。
トークシリーズ「アジア交流ラウンジ」は、7日まで毎日オンライン配信を行う。Zoomビデオウェビナー(登録無料)で視聴可。第34回東京国際映画祭は、11月8日まで、日比谷、有楽町、銀座地区で開催。